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北陵クリニック事件

2019年4月16日 (火)

今日で逮捕から6675日目(2019/04/16 10:04)

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昨日、私のFacebook.に登載した記事を、ブログに掲載致します。

 

あなたは、目前に結婚を控えてて、犯罪を犯しますか?
今日で逮捕から、6674日目

http://miyaginouka.cocolog-nifty.com/blog/

私の知人は、陸上競技の選手として努力してきましたが、高校の時、足を故障して入院し、その中で看護師さんの仕事を見て、自分は看護師と成ると決意し、学校に入り准看護師として社会に出たのです。
事件当時は、連日の報道で凶悪事件と連日報道されていましたので、私もこんな凶悪犯人は、極刑だと思っていました。

ところが、仙台地裁の判決文、検察の控訴趣意書を読んだら、現職の時、薬務課、保健所、消防学校に在職していたので、デタラメな裁判が行われたと確信しえん罪だと支援を始めました。(2019/04/15 18:41)

2018年11月25日 (日)

現在、最高裁に対して再審請求中であります。

私事ですが、体調を崩しブログの更新を行っていませんでしたが、心身共に入退院を行い、現在、リハビリに専念中ですが、パソコンの入力も可能になりましたので、新しい情報を掲載するように致します。
この間、支援者にご迷惑をおかけしたことを、お詫び申し上げます。

2014年11月24日 (月)

再審請求が実現できるようお願いします。

ご両親が健在なうちに、守大助さんの再審無罪を実現するために、皆さんの協力をお願いいたします。

署名は「法定外の傍聴者」といわれるとおり、事件当事者には何よりも嬉しい支援で力強い激励となっております。

用紙は下記よりプリントして使用して下さるようお願いいたします。

http://www17.ocn.ne.jp/~kyuuenka/kousaiyousei.pdf

2014年3月27日 (木)

仙台地裁が守大助さんの再審請求を棄却

 3月25日、仙台地方裁判所第一刑事部(河村俊哉裁判長)は、仙台北陵クリニック・筋弛緩剤冤罪事件について、守大助さんの再審請求を棄却する不当な決定を行い、弁護団に通知してきました。

 

 この決定は、証人尋問、証拠開示等の事実調べを一切することなく、裁判所として真実に真摯に向き合うことなく出されたものです。

2013年6月21日 (金)

半田康延氏の動向について

http://www.sendai968.jp/doctor.html

2013年5月 2日 (木)

2013年5月2日。

今日で、守大助さんが逮捕されてから4500日です。

 こんな理不尽なことが、許される司法の横暴が現実にあるのです。仙台地裁の判決文では、「推認」という文字が40数カ所出てきますが、確たる証拠が無いために、守大助さんの供述はことごとく否定し、北陵クリニックの職員の守大助さんを落とし入れた証言を採用して有罪にしたのでした。

 唯一の証拠とされた、大阪府警科捜研の土橋鑑定が、昨年12月20日、検察が出してきた再審請求書に対する意見書で、覆されたのです。私の知る中で、「確定判決」を、検察みずから覆した事例は知りません。

 裁判官は、直ちに再審を開始して、科学的、医学的に真実を明らかにすることが、司法の信頼を回復する一歩だと思います。

 

 

 

2013年3月31日 (日)

判決文の誤りは、これからも掲載して行きます。

 これまでも、確定判決の誤りを掲載してきましたが、この事件が、真犯人もいなければ、証拠も何一つ法廷に出されないで、警察、検察によりねつ造された「事件」なのです。

 従いまして、これからも確定判決の誤りを明らかにしてゆきますが、あまりにも誤りが多いことで、時間がかかると思いますが、出来るだけ早く掲載したいと思っています。

 なお、多くの方が逮捕後自白したことをもって、地元では当時連日報道された影響もあって、今でも守大助君が犯人だという思いが残っています。全国でも同様に思われている方もおります。私自身も、当時は新聞テレビの報道で「こんな非道な人間は極刑に処するべきだ。」と思っていた一人です。

 すでに、自白については掲載しておりますが、これからも掲載してゆきます。最近再審無罪を勝ち取った、布川事件の桜井さん、杉山さん、足利事件の菅家さん方々も全て警察の強引な取り調べから自白を強要されているのです。自白が有力な証拠として、有罪判決が出されたことを忘れないでください。

2013年2月16日 (土)

真犯人はいない事件

 この事件を調べている方の中に、「守大助さんが犯人でなければ、誰が犯人か。」と思っている方がいらっしゃいますので、再審開始に向けて説明が必要だと思い掲載します。

 この事件そのものが無かったのです。ですから犯人はいないのです。

 ではなぜ守大助さんは、「無期懲役」になったのか。これは、警察・検察により作り上げられた事件、つまりねつ造された事件なのです。従って、1人殺人4人殺人未遂と言われておりますが、5件とも、診療録には、全て病名等が記載されているのです。1件もマスキュラックスによる死亡・急変などとは記載されていなかったのです。

 さらに、有罪の決め手になった大阪府警科捜研の土橋鑑定をよりどころに、裁判官は判決文を作成したのですが、それも、これまで掲載してきたことで明らかにしたとおり、虚偽であったのです。

 信じられないかと思いますが、「警察によるねつ造」で検索してみてください。1件や2件だけでなく、警察による多くのねつ造事件が見られるはずです。

  では、なぜねつ造が行われるのか、「上司の命令には絶対に従う」この体質があるためと、「成果を上げなければならない」という感覚が染みついているから、無理をしても捜査を強行しようとして、ついにはねつ造をやってしまうと推認します。

 この事件も、東北大学の法医学の教授からの一言が発端で、権威に弱い警察官が、事件にして捜査が開始され、ねつ造したと推認されます。

 この事件を、医学的に明らかにし、再審請求書に意見書を添えてくださった、長崎大学 医歯薬学総合研究科 創薬化学 池田正行教授のブログを紹介いたします。

http://square.umin.ac.jp/massie-tmd/morienzai.html

http://square.umin.ac.jp/massie-tmd/nmodraft.pdf

 

2013年2月13日 (水)

土橋均吏員はすでに大阪府警科捜研にはいなかった。

 平成24年11月22日付け、平成24年12月6日付けで、仙台検察庁の検察官より、土橋均殿・西川真弓殿と連名の宛先に照会文書が出されておりますが、どこに送ったか解りません。

 平成24年11月22日付けの回答は、「志田保夫前教授の意見書に対する見解」平成24年12月13日付けで、西川真弓・土橋均連名の回答が1通。
 平成24年12月6日付けの回答は、「鑑定書に関する補足事項」について、平成24年12月13日付けで、土橋均・西川真弓の連名の回答が1通。
 2通とも平成24年12月17日に仙台地方検察庁で収受しているのです。
 まさに、20日の準備協議直前に回答を受け取っているのです。

 8月28日再審準備協議が行われてから、12月20日の準備協議直前に検察が照会文書を出し回答を得ているが、なぜ直前にこの様な文書のやり取りが行われたのか。約3ヶ月間の空白は何を意味するだろうか。何としても再審開始を妨げるため、仙台地裁・仙台高裁の判決が虚偽であったことを隠蔽するために英知をしぼった時間が必要であったと推認します。

 さらに、現在までに確認出来たことは、土橋吏員は、2010(平成22年)年9月1日にはすでに大阪医科大学法医学教室の准教授に就任していたのです。
 従って、2通の回答書には、役職が書いていなかったのです。

 では、回答書は誰が作成し署名押印をしたのか、当然再審準備協議という重要な時期に、もし回答書が公文書として作成されたとすれば大阪府警科捜研所長の公文書に添えて回答書が検察へ提出されたはずです。ところが土橋・西川両名の個人的文書にして、大阪府警科捜研に汚名が付かない様に考えた末に作成された回答書だと推認されます。
 
 今回改めて、見直した時、鑑定書をはじめ鑑定資料の収受、宮城県警から鑑定依頼があったときの、大阪府警科捜研の承諾若しくは、受託の文書が一切出てきてないことは、あり得ないことです。大阪府警科捜研では、職員が勤務時間中に好き勝手なことが出来る職場であったとは、到底思えません。つまり大阪府警科捜研としては、土橋吏員が1999年法中毒で講演した内容を知っていたことから、一切関わりが無かったとにしたかったのだと推認されます。

2013年2月 7日 (木)

良心のある検察官へ(無実の人間を罪に落とし入れることは、検察の仕事ではない。)

 私がこの事件が起こった頃は、まだ在職中で報道により情報を得ていたものですから、当時は,、こんな非道なことをするやつは、極刑にするべきだ。そんな思いで、連日新聞テレビで流された報道を信じていました。

 しかし、退職後偶然の機会で、大助君のお母さんとお会いし、「息子は無実です。助けてください。」と言われたときは、戸惑いました。それから、検察の論告要旨・仙台地裁の判決文を、安いスキャナで読み取りデータを作って半年が過ぎた頃、様々な矛盾点があり、こんなことで有罪にされたと思うと怒りを感じました。

 私は、宮城県職員として公務員生活を退職まで送ってきましたが、裁判とは無縁の生活でした。しかし、自分の仕事は、県民の幸せのためにという思いで行ってきましたので、この事実を知ったときから、無実の人を救うことは、当然なことと思うと同時に、残された人生を有意義に送ろうと思っていましたので、自分が出来る可能な限り大助君を救うために努力することにしました。
 また、私はスキーを趣味とし、山形県の月山の夏スキーに行っていましたので、大助君と月山に行く約束をしました。かならず実現し、姥ヶ岳の山頂で、高山植物を愛で、美味しいお酒で乾杯したいと思っています。

 検察は、無実の人間を罪に落とし入れることが仕事ではないことを、肝に銘じて仕事をすることは、公務員として当然だということを自覚して仕事を行うべきだし、国民の幸せのために仕事をしてほしいと思います。
 更に、先輩が過ちを犯し、冤罪をつくってしまったら、それを勇気を持って正してほしいと訴えます。そのことにより昇級昇格が不利になることはあり得ることを承知で訴えるものです。