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裁判とは、私の思い

2013年4月 3日 (水)

名張毒ぶどう酒事件

無実の罪で死刑判決をうけ、独房で半世紀を送った一人の人間がいることを、知ってほしい。あなたがこの様になったら、

http://yakusoku-nabari.jp/

2009年10月 5日 (月)

菅谷さんの後ろに何人のえん罪被害者がいるのだろうか。

 今、テレビで菅谷さんに検察の検事正が謝る映像が放映されていました。これで検察が社会的に常識的な組織になったと思わせることを、国民が錯覚したなら恐ろしいという思いで見ました。

 検察は、菅谷さんの取り調べのテープを開示しましたが、全国の検察が持っている証拠資料を全て開示するなら、現在社会的に報道されているえん罪事件だけでなく、報道にも載らない泣き寝入りしているえん罪被害者の無実が明らかになると思います。

私の願いは、罪を犯した人が万人に解る証拠等で有罪になった場合は罪を償うことは当然ですが、無実の人が明確な証拠もなく告訴され、それを受けた裁判官が「推認」ということで有罪にされている現実を絶対に無くすことです。

2009年7月29日 (水)

裁判を監視しなければ、えん罪は無限に生み出される。

昨日、またもや「えん罪」と思われる事件を知りました。

事件は、パートで働いていた人が勤務先のお金を盗んだという事件でした。

検察が裁判所に提出した事件現場を撮していた監視カメラのビデオをもって、裁判官は有罪の判決を行ったのですが、私には、盗んだという状況はどこにも見ることが出来ませんでした。(一秒間に一コマの映像です。)しかも盗んだという現金を置いたという映像が無いのです。

私の目と裁判官の目は、同じビデオを見ても違って見えるのでしょうか。

私は近眼でしたし、最近は老眼になって遠近両用の眼鏡をかけていますが、車の運転や、新聞を読むのには何も支障なく生活を送っております。そんな私の目と裁判官の目で見た時に違った状況を見るとは思いません。私は明らかに裁判官が偏見で有罪にしたとしか思えません。

小さなえん罪事件は、過去にも無数に有ったのではないかと思いました。ほとんどは、被告人が泣き寝入りで服役していたのではないかと思うと、裁判所は秘密のベールに包まれていて、気ままに罪人を作ってきたのではないかと思いました。

裁判員制度が現実になりましたが、裁判員になる前に現在の裁判を傍聴して、裁判所の現実を直視することが絶対に必要だと痛感しております。いかに裁判が私たち市民からかけ離れたことを行っているか、直接目で見ることを是非行っていただきたいと思い掲載します。

2009年7月24日 (金)

裁判所が崩壊し始めているのでは。

昨日、ある事件の傍聴に仙台高裁に行ってきました。被告人は一貫して無実を主張しておりましたが、一審で有罪にされ控訴審で仙台高裁に来た事件でした。

第二回目の公判でしたので、これから検察、弁護側のそれぞれの主張が聞けると思い公判を見守ったのでしたが、実質的な審理は何もなく、次回結審ということでした。

三審制と言われておりますが、高裁とは名ばかりで、何もしないで一審の判決を踏襲するだけの所ではないかと思うと同時に、裁判官は検察官の同僚ではないかと思ってしまいました。

振り返れば、北陵クリニック事件で、仙台高裁はたった四回の公判で結審したことと全く同じだと思いました。

真実を探求することを放棄してしまった裁判所を見た思いだけが残った傍聴でした。

2009年6月24日 (水)

裁判官は神ではない。

今日、足利事件の再審開始のニュースを見ていて、菅谷さんの思いを裁判所は全く無視した再審開始だと思った時、私の頭の中に、裁判官は「私は神だ人間ではないので間違った判断など行わないのだ。」と思っているから・・・・・・・・

しかし、冷静に考えたら裁判官が、自分が神だとは思っているほど馬鹿な人間ではないと思うと同時に、私の浅はかな邪推が恥ずかしく思いました。

では、何故あの様な再審開始をと考えました。

私は、頭を冷やして考えているうちに思った結論は、裁判官は以前菅谷さんに「無期懲役」という有罪の判決を下した裁判官と、裁判所の権威を守るためには、過去の事実を明らかに出来ないという思いからの判断だと思いました。

日本国憲法第76条第2項 すべての裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権をおこなひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

私は、自分の思いの法律が有るのではないかと探したら、この憲法76条が有りました。全ての裁判官にこの条文に従った裁判官になっていただきたいと思いました。

2008年2月 6日 (水)

裁判員制度が来年始まるが?

 私は、この事件の「論告要旨」、「判決文」をスキャナで読み取りデータ化してきましたが、いずれもA4版で400ページをを超えるものです。これを読み理解するために、数十時間を要しましたが、それでも見落としたことが多々有りました。裁判員制度では、市民の裁判員が検察官の求刑を求める検察官の論告を、数日で判断を求められます。裁判員には、過酷な判断をせざるを得ないと思います。この北陵クリニック事件では、膨大な報道で被告人が犯罪者だと思わせる報道がなされました。この様なことが、裁判員の心証に影響したなら冷静な意志の表明は出来るか不安でありません。裁判員制度は、何を求めているか、私には理解が出来なくなっているのが現況です。