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2013年5月の記事

2013年5月30日 (木)

今、あまりにも改憲が叫ばれているので。

私は、ネットの中で江川紹子さんが書いた「改憲バスに乗る前に」という記事を読んで、非常に分かりやすく、理解しやすい思いで読んだものですから、是非皆様に読んでいただきたいと思い掲載するものです。

改憲バスに乗る前に
                        江川 紹子  ジャーナリスト
                         2013年5月3日 0時9分
 
 安倍首相は、念願の憲法改正に向けてテンションが高まっているらしい。外遊先でも、改憲を夏の参院選の争点にする意向を改めて示し、「まず国民投票法の宿題をやる。その後に96条から始めたい」と述べた。
 第96条は、憲法改正の手続きを定めた条文。改正の発議のために必要な「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」を「過半数以上の賛成」にして、改正を容易にしようというのが、今回の改正の狙い。ただ、「96条から」との発言からも明らかなように、これはほんのとば口に過ぎない。では、ゴールはどこにあるのか。
 自民党は、昨年4月に「日本国憲法改正草案」を決定している。マスメディアでは、この問題となると、第9条を書き換えて軍隊である「国防軍」を設置することばかりがクローズアップされがち。確かに、それは重要なテーマではあるが、自民党が目指すゴールは、そういうレベルの(と敢えて言うが)ものではない。まさに「革命」に匹敵するほどの価値観の変容を、国民に迫るものとなっている。

「個人の尊重」が消えて…
まず注目すべきは、「個人の尊重」の消滅。
日本国憲法第13条は、まず最初にこう書かれている。
(すべて国民は、個人として尊重される)
一人ひとりの「個人」が等しい価値の存在として尊重される。一人ひとりが、自らの生存と自由を守り幸福を追求していく権利を有する。その権利もまた等しく尊重されなければならないーーこれは、憲法の土台であり出発点であり、憲法全体を貫く価値観と言えるだろう。
 これによって、立法その他の国政は、個人の人権を最大限に尊重しなければならない。人権と人権がぶつかり合う場合などは、「公共の福祉」の観点から調整し一部の権利が制限されることはある。だが、それは「個人」より「国家」が優先される、という類の発想とは本質的に異なっている。
ところが、「草案」ではこうなっている。
(全て国民は、人として尊重される)
 国民は、一人ひとりの違いを認め合う「個人」として扱われるのではなく、包括的な「人」というくくりの中に汲み入れられる。違いよりも「人グループ」としての同質性に重きが置かれる。しかも、その人権には、「公益及び公の秩序に反しない限り」という条件がついた。ここには、明らかに「人権」より「公益及び公の秩序」、「個人」より「国家」を優先する発想がある。
 「公益」や「公の秩序」に反すると認定されれば、「個人」の言論や思想の自由も認められないことになる。ツイッターやフェイスブックなどが普及した今、表現の自由は、多くの人にとって、情報の受け手としての「知る権利」だけでなく、発信者としての「言論の自由」に関わってくる。
 戦前の大日本国憲法は、表現の自由に「法律ノ範囲内ニ於テ」という条件をつけていた。この旧憲法下で、様々な言論が制約され、弾圧が行われた。曖昧な「公益」「公の秩序」は、国家の方針やその時の状況によって、いくらでも恣意的な規制や制約ができそうだ。
 表現の自由に限らず、「個人」より「国家」を尊重する。「人権」は「公益及び公の秩序」の下に置かれる。これが、自民党「草案」の基本。日本国憲法と似た体裁をとっているが、まったく別物であり、その価値観は天と地ほども違うと言わなければならない。

憲法が国民を縛る
 憲法の役割も、180度変えてしまおうとする。現行憲法は国民の権利を謳い、平和主義を宣言し、国の統治機構を定めた後、こう締めくくっている。

(第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。)
 天皇陛下が即位直後に、「日本国憲法を守り、これに従って責務を果たす」と誓われたのは、この条文を意識されてのことだろう。
 憲法は、この条文によって、政治家が法律を作ったり、公務員などがそれを執行する時に、憲法で定めた国民の権利を侵害するようなことがないよう、釘を刺しているのだ。つまり、憲法は、国民を縛るのではなく、政治家や公務員らの行動を縛るために存在していると、ここで念押している、といえる。
 では、自民党「草案」はどうか。
 これに当たる条文のまず最初に、こう書かれている。
 (全て国民は、この憲法を尊重しなければならない)
 憲法を「国民」の言動を律するものに変えよう、というのである。
 ちなみに大日本国憲法は、「臣民」が「憲法ニ対シ永遠ニ従順ノ義務ヲ負フ」としていた。自民党「草案」は、この点でも明治憲法に先祖返りしている。

戦争ができる国に
 そして、平和主義と安全保障の問題。
 「草案」によれば、「国防軍」の活動範囲は、自衛のための活動のみならず、相当に広い。一応、「武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない」としているが、「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」ならOK。これによって、国連が武力行使容認決議を行っていない多国籍軍に参加し、戦闘行為、すなわち殺傷行為を行うことも可能となる。
 また、「軍人」の職務実施に伴う罪や「国防軍」の機密に関する罪についての裁判は、「軍」内部に置いた「審判所」で裁く、とされる。いわゆる軍法会議の復活だろう。これについての問題点は、軍事ジャーナリスト田岡俊二さんの論稿に詳しい。
 もう1つ見過ごされがちなのが、「草案」の第9章として新しく設けられた「緊急事態」。「我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律に定める緊急事態」が起きた時に、内閣総理大臣が「緊急事態の宣言」をすることができる、とする。
 とってつけたように「自然災害」が加えられているが、東日本大震災のような大規模な(しかも、原発事故を伴う)災害が起きても、日本では「公の秩序」が破壊されるような暴動など起きていない。法律や災害時の対応策をきちんと整備しておけば、憲法でわざわざ「緊急事態」の規定を置く必要はない。また、そのような「内乱」や「武力革命」が起きることも、日本では想定し難い。
 要するに、「緊急事態」は戦争を想定した規定なのだ。現行憲法に規定がないのは、戦争をしないのが前提だから。9条の改変に加え、「緊急事態」の規定を入れることで、日本は戦争ができる国へと変貌する。
 ひとたび「宣言」が出ると、内閣は強大な権限を持つ。法律と同じ効力を持つ政令を発することができる。つまり、国会抜きで国民の権利を制限することが可能。この「宣言」が発せられると、「何人も…国その他公の機関の指示に従わなければならない」とある。
 まさに、総動員態勢で国民が総力を挙げて戦争に協力する態勢を作るための基礎を固めるのが、この「緊急事態」の規定と言える。

バスに乗る前に必要なこと
 第96条改正の問題を考える時には、その先に、このような国家観、憲法観、人権などについての価値観が広がっていることを、まずは知っておく必要があるだろう。それを知ったうえで、自分の意見をまとめたい。
 マスコミも改憲ありきの雰囲気になっているし、よく分からないけど96条だけなら変えてもいいかも…という人がいるかもしれない。でもそれは、行き先も確かめずにバスに飛び乗るようなもの。
 バスに乗る前に、切符を買う前に、行き先と停まる停留所は確かめよう。

「kaikenbasuninorumaeni.pdf」をダウンロード

2013年5月 6日 (月)

医療廃棄物の分別区分を知らない検察官と裁判官

検察の論告要旨P218
・・・・更に、そもそも、針箱は、使用済みの針やメスの刃等を捨てるための容器であって、看護婦が、業務の中で、正規に使用した薬剤等の空アンプルを針箱に入れることは、通常ありえない。すなわち、医療提供施設、あるいは医療従事者にとって、医療廃棄物の分別は当然のことであり、北陵クリニックでも、針を捨てるための針箱以外に、空アンプル及び空ボトルを捨てるための容器、ガーゼなど血液の付着したものを捨てるための容器及びその他一般のゴミを捨てるための容器が各所に設置され、分別が義務づけられていた。したがって、針箱にマスキュラックスの使用済み空アンプルが投棄されていたこと自体、正規使用以外に使用されたことを強く推認させる。・・・・・・

判決文P34
・・・・北陵クリニックでは、医療行為に伴って生じる廃棄物を、感染症廃棄物(ガーゼ,酒精綿、包帯などの血液等が付着した廃棄物)、感染症扱い廃棄物(使用済み注射針、縫合針、メスの刃など)、非感染症廃棄物
薬剤の空アンプル、使用済み点滴ボトルなど)、一般廃棄物(薬剤の空き箱などの燃えるごみ)に分別することとし、職員は、廃棄物が生じるとその分別に従い、それぞれ専用のごみ箱等に投棄していた。・・・・・・

判決文P228
・・・・また、既に認定したとおり、北陵クリニックにおいては医療廃棄物の分別が厳格に行われていたのであるから、これらの事情に照らすと、そもそも手術で使用されたマスキュラックスの空アンプルが針箱に廃棄されていたとは容易に想定しがたく、・・・・・・・

判決文P259
・・・・・しかし、まず、既に認定したように医療廃棄物の分別が厳格にい行われていた北陵クリニックにおいて、本来空アンプルを捨てることが予定されていない針箱に筋弛緩剤の空アンプルを廃棄していたとの被告人の供述は極めて不合理である。・・・・

この様に、針箱に空アンプルが入っていたことを、検察官も裁判官も北陵クリニックの職員の証言を鵜呑みにして、正しい医療廃棄物の分別区分を知らないで間違った知識で、判決をしているのです

感染性廃棄物の適正処理について(平成4年8月13日厚生省生活衛生局水道環境部衛第234号)の通知の別紙「廃棄物処理法に基づく感染性廃棄物処理マニアル」によれば

4.5表示

 感染性廃棄物を収納した運搬容器には、感染性廃棄物である旨及び取り扱う際の注意すべき事項を表示するものとする。(省令第1条の7)

この解説の中で、バイオナザードマークを推奨しており、その種類は

 (1)液状又は泥状のもの(血液等)赤色

 (2)固形状のもの(血液が付着したガーゼ等)橙色

 (3)鋭利なもの(注射針等)黄色

 したがって、鋭利なもの(注射針等に中にはメス、試験管、シャーレガラスくず等)つまり針箱の中に空アンプルが入っていることは、医療廃棄物の処理区分上正しいのです。

 むしろ、判決文P34にあるような薬剤の空アンプルと使用済み点滴ボトルを同一容器に入れた場合は、産業廃棄物処理業者は、分別しなければ受理しません。

 

郁子医師は「手が震えてうまくゆかないと感じ」採血が出来なかった。

判決文P45

・・・・・半田教授は、上記の通り、郁子医師とすれ違いざまにボトルを受け取る際、I医師に「ブルート」と告げて、Kちゃんの血液をも採取、保管するよう指示した。郁子医師は、これを受けて、Kちゃんの血液を採取、保管しようとした。1回目の少量の採血は、既にI医師が行っていたが、アイスタットでの検査に全量消費していたので、改めて、2回目の採血をしようとしたが、手が震えてうまくいかないと感じ、同室していてKちゃんの救命処置に当たっていたS医師に採血を依頼した。I医師は、保存のことも考え、多めに採取するよう依頼し、これに従い、S医師は、同日午後11時15分ころ、Kちゃんから七、八ミリリットルくらいの血液を採血した。・・・・・・・

この様に、1回目は採血出来たが、2回目は、手が震えて採血をうまくゆかないと感じることは、あり得るのか。それは、次の様なことから読み取ることが出来るのではないか。

判決文P52・53

・・・・もっとも、I医師が、実際はあらかじめ他の血清と資料のすり替えを図る意図で、これを隠ぺいする手段として、いかにも血液保存を図るような外観を作出したとでも考えるのであれば別であるが、仮にそうであるとすれば、むしろ、I医師において、捜査段階から当初から保存を考え多めの採血を依頼した旨強調するはずであって、かえって、その検面調書(弁69,70)にあるように、後になって血清入りスポイトを見つけて初めて保存を思いついたなどという供述をするとは解しがたい。・・・・・

この判決文では、裁判官は自分の主観を交えてI医師を弁護するような文章ではないかと思われます。

 採血は静脈から微量の血液を採血するするもので、医師が手が震えて採血出来ないほどの理由とは、何だったのでしょうか。
 判決文にあるように、他の血清と資料のすり替えを図る意図をもっていたから、手が震えて採血が出来ないと感じたのではないでしょうか。                                                           

警察官は深夜は証拠を領置しない。

検察の論告要旨P20より
・・・・・・・・そこで、T警部は、翌5日午前零時30分ころ北陵クリニックに呼んだS婦長に確認し、針箱、通常手術室前室に置かれたいることはなく、使用済注射針を捨てる医療廃棄物容器であり、通常針箱に空の薬剤アンプルを捨てない旨の説明を受け、被告人が証拠隠滅の目的で当夜針箱を持ち出そうとしたとの疑いを深め、それまでI医師から相談を受けていた患者の容体急変を捜査すべきと判断し筋弛緩剤等の空アンプルが入れられた針箱は重要な証拠となるので、これを証拠化しようと考えたが、既に深夜であったことから、その証拠化手続きは翌日行うこととし、半田教授および郁子医師にその2つの針箱の保管を依頼して県警本部に戻った。・・・・・・

このように、重要な証拠となるものを、深夜だという理由で当事者に保管を依頼して帰る等ということは、警察官として全くあり得ない不可解な行動といわざるをえません。しかも針箱の在中物も確認していないのです。在中物の確認は翌日行っていることも信じられないです。

論告要旨P20
・・・・・・・・・そして、O警部補は、同月5日、その2つの針箱の任意提出を受け領置し、県警本部でその在中物を確認した結果Mサイズの針箱には、電極、探査針、縫合針、注射針ケース等の針類等、Sサイズの針箱には、針類等のほかに、マスキュラックスの空アンプル19本、サクシンの空アンプル8本、ドルミカムの空アンプル4本等薬剤のアンプルが多数在中しているの確認した。・・・・・・・・・

全国の警察官に聞きたいくらいです。「貴方は、重要な証拠は、深夜は領置しませんか。?しかも内容物も確認しないで保管を頼みますか。?」と、こんな警察官は、どこにもいるはずがないと思います。しかし、この事件では、あり得ない警察官がいたのです。

これは、明らかに作為的に証拠の改ざんを出来る時間を作ったと推認出来ます。

鈴鴨看護主任の偽証について

(仙台地裁判決文228頁)
・・・・なお、証拠(証人鈴鴨(甲309)によれば、助成金の対象となる手術において用いられたマスキュラックスの空アンプルは、ひと研究費明細書を記載するためにに運び込まれ、ナースステーションのプラボトル・アンプル入れのゴミ箱に廃棄させることが多いことが認められ、また、すでに認定したとおり、北陵クリニックにおいては医療廃棄物の分別が厳格に行われていたのだから、これらの事情に照らすと、そもそも手術で使用されたマスキュラックスの空アンプルが針箱に廃棄されていたとは容易に想定しがたく、従って、針箱内に手術で使用したりあるいは手術のために準備した筋弛緩剤のアンプルのみが入っていたという弁護人の主張はその前提において不合理である。

 鈴鴨看護主任の証言で空アンプルを「プラボトル・アンプル入れ のゴミ箱」に廃棄されるという証言は、医療廃棄物の分別区分上あり得ない事で、当時、北陵クリニックの産業廃棄物(医療廃棄物)を収集処理していた協業組合仙台清掃公社はひきとりは出来なかったはずです。
 なお、カテゴリー判決文の誤りの中の「裁判官は、医療廃棄物の区分を知らなかったため、間違った判決をした。」に詳細が記載してあります。

http://miyaginouka.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-acbd.html

「heisei4nenn.pdf」をダウンロード

2013年5月 2日 (木)

2013年5月2日。

今日で、守大助さんが逮捕されてから4500日です。

 こんな理不尽なことが、許される司法の横暴が現実にあるのです。仙台地裁の判決文では、「推認」という文字が40数カ所出てきますが、確たる証拠が無いために、守大助さんの供述はことごとく否定し、北陵クリニックの職員の守大助さんを落とし入れた証言を採用して有罪にしたのでした。

 唯一の証拠とされた、大阪府警科捜研の土橋鑑定が、昨年12月20日、検察が出してきた再審請求書に対する意見書で、覆されたのです。私の知る中で、「確定判決」を、検察みずから覆した事例は知りません。

 裁判官は、直ちに再審を開始して、科学的、医学的に真実を明らかにすることが、司法の信頼を回復する一歩だと思います。

 

 

 

半田康延氏の動向について。

http://www.sugawara.ac.jp/welfare/about/message.html

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