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2013年4月29日 (月)

「自白」から急変患者リストの作成へ。(8)

急変者リストも、清水刑事の資料を元に書かされてきた状況が理解できると思います。

続  6 ⑤20人~30人の急変リスト作成(下書き)

A子ちゃんへも反省文下書きが終わると、A子ちゃん以外の患者さんでは言ってきます。
初めに清水刑事は「お前、この他に20、30件やっているんだから、それもいいなさい」と言いました。私はそもそもやっていないので分からないのです。それなのに、「お前。やったの全部答えろ!」と言います。わたしはやっていないし、分からないと言いました。そうすると違う質問をしてきました。
「お前が辞める前に急変した患者はだれなんだ」と「急変した患者」と清水刑事は聞いてきました。私はおぼえていた患者さん3人っを言いました。内科のSさん、小児のKくん小児のSくん。この3名を覚えていたので答えました。
 清水刑事は急変した理由を、私に聞いてきました。私は3人のうち、2名の原因は分かっていたので、説明しました。Sくんについては退職してしまったので、病名・原因が分からなかったのです。「内科のSさんは心筋梗塞で亡くなりました」「小児の Kくんは手術後のショック でした」と説明しました。
清水刑事は、説明を終えた私に、「お前、Sくん、お前やってんだよ」といってきました。そしてSさんについても「Sさんもお前なんだ」と言ってきました。急変させたのが私だと言うのです。
 「そんなことしていません」と私は言いました。清水刑事はSくんの説明が出来ないと「お前、Sくんにラシックスを 使ってんだろ」と言います。私は何のことだか分からなかったので、何のことか聞き返しました。
 ラシックスという薬は、利尿剤なんです。Sくんが急変してクリニックに呼び出しがかかって行った時の症状・状態と言うのが、ラシックスの症状じゃなかったと思いました。失禁がされてなかったのでラシックスと結び付けることが出来ませんでした。私は、その時のことを清水刑事に言いました。
「お前が分からないというわけない」
「その時の状態を言ってみろ」と言われました。なので私は、おぼえている症状を言いました。「声掛けに反応したり、刺激に対して動いたりするが、そういったことをやめると眠った状態になる]
と。
 私が症状を説明すると、その症状について、清水刑事は「こうなる様な。そういう状態になるには、どんな薬だったらなるんだ?」と聞いてきます。
「どんな薬かと言われても分かりません」
「考えろ、お前、薬に詳しいんだから」と、詳しいと言われても、准看護士であって薬剤師でもないので限度があります。
 北陵クリニックでは、看護婦が薬を準備していたので皆と同じです。私だけが詳しいのではない。すぐにはへんとうできなく考えていました。そして、考えられたのが薬品ではなく種類です。
「麻酔薬とかそういうんだったらなるんじゃないんですか」と返答しました。あくまで私はやってないと否定してです。
更に清水刑事は、「1歳の女児(後にMちゃん事件)を急変させて、その父親からおこられていることを見ている人がいるんだ」と言ってきました。
私は、このことを誰が言っているのかすぐに分かりましたので答えました。
「その様なことを言っているのは、S看護主任じゃないですか」と言いました。事実としてそんなエピソードがない、S看護主任が言っているだけなんだと。
清水刑事は私が急変させ、女児の父親から怒られたと言い 、私が説明すると、「お前、じゃ、してないというなら、何やったんだ」と怒鳴ってきました。私は事実を言いました。「いや、私はS看護主任さんに「ヘパ生」持ってきて」と言われたので、それを持って行って渡しただけなんです」と言いました。
「父親から、怒られたと言うこともないS看護主任が勝手に言っているだけだ」と言いました。女児のことは、この時だけで終わりました。
 Sさん、Kくん、Sくん、Mちゃんのことで一段落すると、20、30件のことをまた言ってくる。
「お前がやったやつを書き出せ」と言ってきます。
こんな事を言われての困りました。やっていないんだから。
「そんな!やってないし!知りません」と否定すると、清水刑事は、なおも「お前がやったというのが分かっているし、お前が受けた検査でも反応してるんだから、お前はそういうことをやっているんだよ!」と私がやったと決めつけて言ってくるんです。 そして、新しい用紙をよこしました。
「お前がやった、20・30人のそのやった日、月日とかなまえを、年齢を書け」と強く言ってきました。
この様に言われても、私はやっていないし、分からないので、書けませんとずっと言いました。
 
清水刑事は、また怒鳴って言ってきます。
「泥棒なんか。200件やっても、どこからどうやってとちゃんと覚えているんだぞ」「お前が知らないのはうそだ、思い出して書け」と言う。

泥棒は覚えているんだと言われますが、私は急変させたりしていないので本当に分からないのです。考えろ、思い出せと言われるので、これ以上怒られないように考えました。
 この時も、私は清水刑事に怒られないよう、いくら分からないと言っても受け入れてもらえなくなり、またいいように書いて行きました。
 北陵クリニックで急変したり死亡したりした患者がいたので、それを思い出しながら、しかし、患者名、年齢、時期、性別などについては曖昧な記憶で、書けないと怒られると思い、それらしく順番も書いて清水刑事に納得してもらえる様にしました。
怒られない様にするのが精一杯でした。
薬品名についても分からないことなので、清水刑事に確認しました。「どうしたらいいでしょう?」と聞くと、「お前、どっちにしろ両方で反応してるから、両方の薬書いて良いから」と言われ。
清水刑事に確認しながら、薬、サクシンかマスキュラックスを書いて行きました。
 1999年5月ころに急変があったのではないかとし、虚偽のリストを作成してゆきました。実際やっていないので、対応する患者もなく、単なる急変患者を思い出して、適当に11人分を書きました。
名前を書けたのは、A子ちゃんとSくんの2名だけでした。その他に名前を書けないでいると、清水刑事は納得しません。
「お前、人を何人もそういうふうにやっているし、殺しているんだから名前とかね、分からないというのはおかしい」「もっと思い出せ」と何度も何度も言われました。
私は、そんなことを言われても、やっていないし、急変した患者だって覚えていない。そのことを何度も言うのですが、納得しない。
私は、どうしても分からないので「名前分からないので、急変した患者さんのカルテを見せてください」と清水刑事に言いました。「それはだめだ」と言われました。
私は、「思い出せ」といくら言われても、やってないので無理なので、また清水刑事に「患者さんの名前書いた何かあったら見せてください」とおねがいをしました。
こうするしか。やってないのだから書けないのです。
 しばらくすると、1枚の資料を見せてもらいました。
 それは、一枠に10名ぐらいの患者さんの名前が書かれたのが、上下に10グループぐらいにされた資料を見せてもらいました。

 清水刑事から渡された時に、「ここに丸をつけてみろ」と言われました。
私は、それを見て考えながら丸をつけました。亡くなった、急変した時に転送に付いていった患者、ちょっと覚えていたりした患者につけて行きました。
 それでも、付けられないところが有ると、「一枠に一人は必ず入っているんだから、ちゃんと思い出せ」と言われました。
 最終的に、11人のリストを作成しましたが、最初の2名は、思い出せませんでした。 年齢については、初め何代から何代としか書けませんでしたが、清水刑事から、名前を書いた後、教えてもらい、何歳だと書きました。
 リスト作成も、清水刑事に確認してなっとくされ作らされたものです。
 薬品名を書き換えたのは、事実を思い出してかきかえたというものではありません。
 私は、反省文の下書きの時の様に、清水刑事から怒られない様に書いたのです。
 虚偽のリストを作成しなければならない状況でした。
 そうしないと、帰れないと思いました。
 この時も、私が逮捕されるとは、思えませんでした。
 やってないものを、言って、書かされているのだから、調べれば分かることだと思っていました。

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