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2013年4月の記事

2013年4月30日 (火)

初めての手錠。(10)

この記録は、守大助さんが自筆で最高裁にたいして書いた上告趣意書(B5版で298頁)の中から、平成13年1月6日午前8時ころ警察が来て、任意同行から恫喝されて「自白」をさせられ、この時点では何も証拠が無かったことから、「反省文」「急変者リスト」を警察の誘導によって書かせられ、昼食は午後4時頃に食べさせられ、更に取り調べが続けられ、「逮捕」され、泉警察署に移動し、更に取り調べが続けられ終わったのが、7日午前0時を過ぎて留置場の中に入れられるまでを掲載したものです。約16時間にわたる取り調べがどの様なものだったのか、これを読んでいただけば、「自白」がどの様にしてさせられ、逮捕されたのか理解できると思います。

 

 6 ⑦ 初めての手錠
 私が、反省文、リストの清書を完成させられると、清水刑事はそれを持って部屋を出て行きました。阿部刑事が部屋に残りました。
 私は、Kさんのことが気になり心配だったので確認しました。
 まだ、隣で調べているという返答でした。
 一緒に帰るつもりでいたので、まだ終わってないんだと思いました。
 取調室に、清水刑事ではない、私服の人が入って来て。
「逮捕以上を読み上げる」と言われました。それを読み上げて行きまして、私を逮捕しますと言うのでした。
 私は、何が、どうなっているのか分かりませんでした。両手に手錠というものを初めてかけられ、どうして逮捕されるんだと思い、その人へ私は「なんで逮捕されるのですか」と訴えました。そうすると、その人は、「あなか自分でちゃんと、やったというふうに言って、反省もして、ちゃんと今書いたでしょう」と言われました。
 私の頭の中は、パニックです。「やった」という内容は、清水刑事が受け入れてくれなく、間違ったのかと考える様になったが調べてくれれば理解してもらえると思っていたのです。
 どうして逮捕されるのか分かりませんでした。手錠というものをかけられ、それだけでショックで、声も出せなくなりました。
 どうして、どうしてと頭の中で繰り返しです。
 警察官の息子が、手錠をかけられるなんてと、精神的におかしくなりそうでした。
 調べてくれると思っていたわけですから、逮捕なんて考えもしていませんでした。
 「反省文」「リスト」がこの様なことになるとは思いませんでした。
 それでも、半田教授や父親に確認してくれると思っていました。

 

 県警本部から仙台泉警察署へ移動させられました。両手には手錠され、腰へも紐で巻き付けられどうしようもなくなりました。移動中の車内では会話した覚えはないです。どうしてこのようになるんだと、ただただ考えていました。道中は、外が暗くとだけ覚えています。
 泉署に着いて、すぐに取調室へと入りました。阿部刑事がいて、逮捕されたことについて書類が作成されました。それが、弁解録取だというものだと当時は分かりませんでした。阿部刑事から、確認される様に話すことに、ただ、頷くというものでした。最終的に署名・指印をさせられたものです。
 弁解録取の中で覚えているのは、弁護士の件だけです。阿部刑事から「弁護士は金掛かる、お前、金あるか」と言われました。弁護士が何で必要なのか、正直分からなかったし、知り合いに弁護士もいないので、お願いしようとも思いませんでした。
 その後、同じ部屋でコンビニ弁当が出され、少しだけ口にしました。この食事代を払うと思い、弁当代を確認したら、「これはいいから」と言われました。
 食後は。所持品検査、身体検査を受けました。その後また、取調室で 清水刑事・阿部刑事から調べを受けました。身上経歴というものでした。この作成も清水刑事の確認に頷く、答えると言うだけで、作成されたものです。それにもかなりの時間がかかりました。清水刑事が話すことに答えるのと、いつ帰れるのかと思っていました。
 逮捕となり手錠をかけられ、今後どうなるんだろうというのもあったが、早く、半田教授が説明してくれないかと思ってた、この時も、私は、A子ちゃんの家族が警察へ訴えたと思っていたので、警察が半田教授にも確認するものだと考えていた。
 父親にも確認しているんだろうと思いました。説明してもらえば、帰れると思っていました。しかし、帰ることは出来なかった。
 泉署の中にある留置場で寝る様に言われました。私は、逮捕・手錠だけでも精神的にパニックでした。それに、留置場に泊まるというのはとても耐えられない、勘弁してくれという様な、泣きたい気持ちでした。
 留置場へ移動したのは、1月7日午前0時をとうに過ぎてからでした。
 布団に入ってからも、休むことは出来なかった。
 本当に自分が犯人なのか、いろんな書類を書かされてしまい、もう自分しか犯人はいないのか。A子ちゃんの家族が訴えたのではなかったのか。どうして半田教授は説明してくれないんだなどと混沌として、眠ることなんて出来ませんでした。
 こうして朝を迎えました。
 朝食も、逮捕というショックで食べれませんでした。

 

続く 守大助さんは、逮捕当日のことを、整理して記載しております。

2013年4月29日 (月)

反省文、急変患者リストの浄書。(9)

6 ⑥ 反省文、急変患者リストの清書

 

 11名のリストの下書きが完成すると、清水刑事からA子ちゃんへの反省文を新しい用紙に清書するように言われました。
 下書きを見ながら清書するようにしました。私はやってない気持ちと間違ったのかなという気持ちがありました。それでも調べてくれれば分かると思っていたので、清書していったのです。
 この時は、体力的、精神的にも疲れていました。怒られない様にするのが精一杯でした。私の書いてる姿勢が、机に左肘をつけて左手で頭を押さえるよう、背中を丸めてる状態で書いていました。
 すると、清水刑事は、「お前、そんなんで反省しているという気持ちがあんのか」と言われ姿勢を直しました。「反省しているか」と言われても、それに反発できる精神力が無くなっていました。
 さっさと終わってほしいとばかりだったので、パイプイスの上に正座しました。
 清水刑事は、そうだという顔をして頷いておりました。
 しかし、この正座は、そんなに永くは続きませんでした。右膝を手術していて正座というのがなかなか出来なかったのです。途中で、右膝が痛いので伸ばしていいかと清水刑事へ言って、同意を得られたので右膝だけはだらんとさせてもらいました。こうして作業を続けました。
 反省文というのが完成されていった。下書きでは、処置の順番がばらばらで有ったり、半田郁子医師の挿管ミスを書いていましたが、清書では、それらしい順番にして挿管ミスのことは、書きませんでした。
 11名のリストについても清書することになりました。このリストで下書きSくんの「麻酔薬」という記載が、ドルカムという薬品に変わりました。
 清水刑事から、「麻酔薬の名前はなんだ、なんなのだ」と聞かれたので、私は、症状から「麻酔薬」なんではないかと言い書いただけなので、薬品名なんて知りません。「なんだ」と聞かれても答えられません。「使ってないし、やってないんで分かりません」と言いました。
 それで納得する事はないのです。清水刑事から3種類の薬を言われました。
「マスキュラックス、サクシン、ドルカムのどれだと」「Sくんの症状に合う薬はどれだ」と聞いてくるのです。

麻酔薬なのではないかと言ってましたので、この3種類の中ではS刑事1つしかないので、ドルカムという薬品の名を言って確認して書きました。
 こうして麻酔薬がドルカムに変わりました。
 私が、実際に使用して患者さんを急変させたということはありません。

 

 反省文、リストの清書が完成させられました。
 私は、書かないと怒られるので、清水刑事が 納得するように書いただけです。
 これを書くことによって逮捕されるとは少しも思いませんでした。

 

続く 初めての手錠

「自白」から急変患者リストの作成へ。(8)

急変者リストも、清水刑事の資料を元に書かされてきた状況が理解できると思います。

 

続  6 ⑤20人~30人の急変リスト作成(下書き)

 

A子ちゃんへも反省文下書きが終わると、A子ちゃん以外の患者さんでは言ってきます。
初めに清水刑事は「お前、この他に20、30件やっているんだから、それもいいなさい」と言いました。私はそもそもやっていないので分からないのです。それなのに、「お前。やったの全部答えろ!」と言います。わたしはやっていないし、分からないと言いました。そうすると違う質問をしてきました。
「お前が辞める前に急変した患者はだれなんだ」と「急変した患者」と清水刑事は聞いてきました。私はおぼえていた患者さん3人っを言いました。内科のSさん、小児のKくん小児のSくん。この3名を覚えていたので答えました。
 清水刑事は急変した理由を、私に聞いてきました。私は3人のうち、2名の原因は分かっていたので、説明しました。Sくんについては退職してしまったので、病名・原因が分からなかったのです。「内科のSさんは心筋梗塞で亡くなりました」「小児の Kくんは手術後のショック でした」と説明しました。
清水刑事は、説明を終えた私に、「お前、Sくん、お前やってんだよ」といってきました。そしてSさんについても「Sさんもお前なんだ」と言ってきました。急変させたのが私だと言うのです。
 「そんなことしていません」と私は言いました。清水刑事はSくんの説明が出来ないと「お前、Sくんにラシックスを 使ってんだろ」と言います。私は何のことだか分からなかったので、何のことか聞き返しました。
 ラシックスという薬は、利尿剤なんです。Sくんが急変してクリニックに呼び出しがかかって行った時の症状・状態と言うのが、ラシックスの症状じゃなかったと思いました。失禁がされてなかったのでラシックスと結び付けることが出来ませんでした。私は、その時のことを清水刑事に言いました。
「お前が分からないというわけない」
「その時の状態を言ってみろ」と言われました。なので私は、おぼえている症状を言いました。「声掛けに反応したり、刺激に対して動いたりするが、そういったことをやめると眠った状態になる]
と。
 私が症状を説明すると、その症状について、清水刑事は「こうなる様な。そういう状態になるには、どんな薬だったらなるんだ?」と聞いてきます。
「どんな薬かと言われても分かりません」
「考えろ、お前、薬に詳しいんだから」と、詳しいと言われても、准看護士であって薬剤師でもないので限度があります。
 北陵クリニックでは、看護婦が薬を準備していたので皆と同じです。私だけが詳しいのではない。すぐにはへんとうできなく考えていました。そして、考えられたのが薬品ではなく種類です。
「麻酔薬とかそういうんだったらなるんじゃないんですか」と返答しました。あくまで私はやってないと否定してです。
更に清水刑事は、「1歳の女児(後にMちゃん事件)を急変させて、その父親からおこられていることを見ている人がいるんだ」と言ってきました。
私は、このことを誰が言っているのかすぐに分かりましたので答えました。
「その様なことを言っているのは、S看護主任じゃないですか」と言いました。事実としてそんなエピソードがない、S看護主任が言っているだけなんだと。
清水刑事は私が急変させ、女児の父親から怒られたと言い 、私が説明すると、「お前、じゃ、してないというなら、何やったんだ」と怒鳴ってきました。私は事実を言いました。「いや、私はS看護主任さんに「ヘパ生」持ってきて」と言われたので、それを持って行って渡しただけなんです」と言いました。
「父親から、怒られたと言うこともないS看護主任が勝手に言っているだけだ」と言いました。女児のことは、この時だけで終わりました。
 Sさん、Kくん、Sくん、Mちゃんのことで一段落すると、20、30件のことをまた言ってくる。
「お前がやったやつを書き出せ」と言ってきます。
こんな事を言われての困りました。やっていないんだから。
「そんな!やってないし!知りません」と否定すると、清水刑事は、なおも「お前がやったというのが分かっているし、お前が受けた検査でも反応してるんだから、お前はそういうことをやっているんだよ!」と私がやったと決めつけて言ってくるんです。 そして、新しい用紙をよこしました。
「お前がやった、20・30人のそのやった日、月日とかなまえを、年齢を書け」と強く言ってきました。
この様に言われても、私はやっていないし、分からないので、書けませんとずっと言いました。
 
清水刑事は、また怒鳴って言ってきます。
「泥棒なんか。200件やっても、どこからどうやってとちゃんと覚えているんだぞ」「お前が知らないのはうそだ、思い出して書け」と言う。

泥棒は覚えているんだと言われますが、私は急変させたりしていないので本当に分からないのです。考えろ、思い出せと言われるので、これ以上怒られないように考えました。
 この時も、私は清水刑事に怒られないよう、いくら分からないと言っても受け入れてもらえなくなり、またいいように書いて行きました。
 北陵クリニックで急変したり死亡したりした患者がいたので、それを思い出しながら、しかし、患者名、年齢、時期、性別などについては曖昧な記憶で、書けないと怒られると思い、それらしく順番も書いて清水刑事に納得してもらえる様にしました。
怒られない様にするのが精一杯でした。
薬品名についても分からないことなので、清水刑事に確認しました。「どうしたらいいでしょう?」と聞くと、「お前、どっちにしろ両方で反応してるから、両方の薬書いて良いから」と言われ。
清水刑事に確認しながら、薬、サクシンかマスキュラックスを書いて行きました。
 1999年5月ころに急変があったのではないかとし、虚偽のリストを作成してゆきました。実際やっていないので、対応する患者もなく、単なる急変患者を思い出して、適当に11人分を書きました。
名前を書けたのは、A子ちゃんとSくんの2名だけでした。その他に名前を書けないでいると、清水刑事は納得しません。
「お前、人を何人もそういうふうにやっているし、殺しているんだから名前とかね、分からないというのはおかしい」「もっと思い出せ」と何度も何度も言われました。
私は、そんなことを言われても、やっていないし、急変した患者だって覚えていない。そのことを何度も言うのですが、納得しない。
私は、どうしても分からないので「名前分からないので、急変した患者さんのカルテを見せてください」と清水刑事に言いました。「それはだめだ」と言われました。
私は、「思い出せ」といくら言われても、やってないので無理なので、また清水刑事に「患者さんの名前書いた何かあったら見せてください」とおねがいをしました。
こうするしか。やってないのだから書けないのです。
 しばらくすると、1枚の資料を見せてもらいました。
 それは、一枠に10名ぐらいの患者さんの名前が書かれたのが、上下に10グループぐらいにされた資料を見せてもらいました。

 清水刑事から渡された時に、「ここに丸をつけてみろ」と言われました。
私は、それを見て考えながら丸をつけました。亡くなった、急変した時に転送に付いていった患者、ちょっと覚えていたりした患者につけて行きました。
 それでも、付けられないところが有ると、「一枠に一人は必ず入っているんだから、ちゃんと思い出せ」と言われました。
 最終的に、11人のリストを作成しましたが、最初の2名は、思い出せませんでした。 年齢については、初め何代から何代としか書けませんでしたが、清水刑事から、名前を書いた後、教えてもらい、何歳だと書きました。
 リスト作成も、清水刑事に確認してなっとくされ作らされたものです。
 薬品名を書き換えたのは、事実を思い出してかきかえたというものではありません。
 私は、反省文の下書きの時の様に、清水刑事から怒られない様に書いたのです。
 虚偽のリストを作成しなければならない状況でした。
 そうしないと、帰れないと思いました。
 この時も、私が逮捕されるとは、思えませんでした。
 やってないものを、言って、書かされているのだから、調べれば分かることだと思っていました。

 

2013年4月27日 (土)

「自白」から、反省文の下書きを書かせられました。(7)

これまで、任意同行から自白させられるまでを書きましたが、それでは終わらないで、犯行を証明できる資料が無いことから、反省文を書かせられました。
 自白(1)に書きましたが、お父さんは当時現職の警察官でした。守大助さんが同じ警察官から怒鳴られ誘導されて自白をさせられましたが、守大助さんは、調べれば自分がやっていないことを分かってくれると考えていたのでした。また昼食を出されたのは、午後4時頃でした。

6 ④ 反省文作成(下書き)
 
私は、A子さんにやっていないことを認めさせられました。調べれば分かることだと警察を信じてしまい。清水刑事から怒鳴られない様に虚偽の供述を言って行きました。
 供述が一段落して、昼食とされるカツ丼弁当が出されました。私から言った物ではありません。お昼の時間ではありませんでした。食欲がなく3分の1くらいしか食べませんでした。
 この食事が終えるとS刑事は私をトイレへ誘うのでした。「お前、トイレここに来てから一回も行ってないから行くぞ」私は大丈夫であると断っても、「いいから、つれション一緒に行くぞ」というので、私は一緒に行きました。
 手を洗った時に、コートを着ていたので袖を上げて洗いました。この時、左手にしていた時計で時刻を確認したところ、午後4時前後でした。取調室は地下なので、外が明るいか暗いのかわかりません。このトイレで時間が分かったのです。食事してすぐトイレという行動です。
 清水刑事とトイレから戻ってくると阿部刑事の三人でタバコを吸いました。
 この時、清水刑事ら、「A子ちゃんに反省を書け」と言い。真っ白な用紙と黒のボールペンを渡されました。反省と言われても、私には反省ができない、間違えたとしても反省をどうしてなのか、なんで書くのか分かりませんでした。私はこの様に書けないでいると、清水刑事がイライラしているのが分かりました。ペンで机をトントンしていると思うと、手でドンと机を叩いてくるのでイライラしているのが分かりました。
 それでも私がペンを進めないと、「さっさと書け」と言ってきます。書けと言われても書けないで、黙っていると「どうして書けないんだ!」と大声になる。私は、書けと言われても書けないと、清水刑事とやり取りが続きました。
 何をどう書けば良いのか分からない、書かないと怒られるので私は、
 (A子ちゃんとご両親に申し訳ありません反省してます)
 この様な文をかくのがやっとでした。これ以上何も書けませんでした。これを目の前に座っている清水刑事に渡すと
、「お前、なんなんだこれは、こんなのじゃ意味が無いんだと、また以前の様に目をつり上げて机を叩き怒鳴ってきました。私は怒られるのが嫌でしたので、どうすれば良いのか聞きました。
 そうすると、清水刑事は書く内容を教えてくれました。教えてもらったので、私は初めに書いた用紙の下へ。清水刑事へ確認しながら書いて行きました。確認しながらでも書けない部分が出てきます。やった理由、動機というものです。書けなかったのです。やっていないのだから理由というのが分かりませんS刑事の私は「理由と言われても書けません」と言う様なことを言いました。S刑事は、「お前さっきいっただろ!」と、私は皆がおもっている不満を言ったことが理由なんだというんです。そして「この時だって、お前、入院するしなでイライラしてるんだから、そう言ったの、さっき言ったんだからそれを書けばいいんだ」と言われ、その通りイライラしたと書きました。
 「A子ちゃんの処置についても書け」というので覚えているのを書いてゆき、半田郁子医師が挿管(ラリンゲルチューブ)失敗したことを書くと、清水刑事より注意されました。
 「
これはお前のことであり、他の人が失敗したとかそんなことは書くなといわれ、これを直されて清書ではなくなりました。
 この挿管のことを、清水刑事は私がやったと、「医者の前で格好つけるんだから、お前挿管しただろう」と言ってくるのです。「医者じゃ無いので、私は出来ないし、やっていません」と言うと、清水刑事は、挿管じゃない処置をしている」と強く言ってきました。「お前、挿管じゃなければ違うことやってんだ、お前はそういうの特異なんだから」と。
 怒られない様に考えたのですが、A子ちゃんの処置でやったことが思い出せない、なので、一般に看護士の処置として何が出来たのかを考えて清水刑事に言って書きました。それは、吸引、気道確保、で鼻腔よりチューブを入れるネーザルというのもがありそれを書いたまでです。もちろんS刑事も挿管は医師だということに納得して、これらの措置で怒られませんでした。
 私としては、これらの処置はやってないと思いましたが、清水刑事に怒られない様にするには、書かなければなりませんでした。
 このようにして、A子ちゃんの反省文という下書きが出来ました。
 私が自ら書いたものではありません。
 
書かないと清水刑事は怒鳴ってくるんです。
 分からないと言えば、これこれ書けばいいんだと、それに私は確認しながら書いて行きました。この様な反省文が、どうして信用あるのでしょう。

 

 

2013年4月25日 (木)

守大助さんはどの様にして「自白」させられたか。(6)

③「虚偽の自白」について
 私は、清水刑事にいくら説明しても聞いてもらえず、もうその調べがとても嫌いになりました。
私でなければ 、Kさんをを逮捕する。とまで最後は言うのでした。私自身がやってないこと分かっている、Kさんが同じようにされていると思うとかわいそうだと思った。どうせ調べれば分かることだと思い、やってもいないことを認めました。
 
私は、散々清水刑事に怒鳴られているのが本当に辛かったです分かってもらえないということが、どれほど」辛いものかこの時知りました。
 処置中に間違ったってしまったのかと考えて、急変の場面で注射をしたことがあったのでそこで間違ったのかと思い私は、「間違えて、ボスミンとサクシンを間違えて注射しました。」と言いました。間違えたのは、この時だけだではないかと考えたんです。ボスミンという昇圧剤を使いましたので、それを三方活栓から注射していますので、その時に間違えたかと思ったんです。ボスミンとサクシンを取り違えることはないのですが、間違えてしまうのは、この注射した時しかないだろうと思いました。。取り違えることないが、ボスミン・サクシンは水溶液なので、溶解する作業がない、だからサクシンならと思いそう言いました。
 清水刑事は私の答えに納得せず「違うだろう」といってきます。
 私はやっていないから、「違う」と言われても困るのです。何が違うか考えました。
 そうして考えたのが、「サクシンかマスキュラックスを注射しました」とボスミンと間違えた薬にマスキュラックスをプラスしたという意味で言いました。この内容にも納得してもらえません。
「そうじゃねえだろう!」「お前反応してるんだろう」とポリグラフのことを言ってくるのです。
清水刑事が、「反応している」という意味は分かりました。ポリグラフ検査後にすぐ言われていることだと思いました。「反応してる」と言われましたので、マスキュラックスかなと思いましたので、「マスキュラックスを注射しました」と言いました。
 清水刑事は私が分からないで言っているのに怒鳴ってきます。もう怒鳴られるのは勘弁してほしいと思ったので「分からないです」と言うと。S刑事は怒鳴っていたのをやめて、「A子ちゃん、その時なんかやっていただろう」と頭を目線と一緒に上から下に動かしているのです。
その行動と、なんかやっているんだろうと言われているので、何を指摘しているのか分かりました。私は清水刑事が言わんとする事を理解して「ああ、点滴はしていました、点滴ですか?」と確認しました。
 そうすると清水刑事は「そうだ、そうだ」といい、「続けていってみろ」と私に言うのでした。私は何を続けてないのかと思って黙っていると「今、言った言葉を続けて言ってみろ」と言うので、清水刑事に、一言一言確認する様に、「マスキュラックスを?点滴に?入れました?」と確認しながら言うと、。清水刑事は頷きながら、「うん、うん」と言い、最後には「 よく言った」と微笑んでいました。
 私は、よく言ったと言われても、やっていないのにどうして、早く調べてくれとおもいました。
私は、この発言が「自白」だという物になるとは考えてもいませんでした。やってもいない事を言わされているのですから、これが重大な事だとは考えませんでした。

 

 部屋には,阿部刑事と2人きりになり、「少し言ったんだから、タバコでも吸って楽になりなさい」と言われました。少し休んだように思います。私はこの後、帰れるとばかり思っていました。経験していないことを言っているのだから、調べてくれると思っていました。

 

 清水刑事が部屋に戻ってきて、また調べが始まりました。「A子ちゃんにどうゆうふうにやったのか」と聞かれました。どうゆうふうにやったかなんてやっていないのですから分からないのです。ですから私は、「分からない」と言いました。
 
清水刑事は、「どういう点滴ボトルなのか」と聞いてきました点滴、何入れたんだ」とです。
何を入れたと言われても、小児で入院し血管を確保しなければならなかった、抗生剤では確保しないので、私は、「500mlの点滴です」と言いました。そう言うと、清水刑事は怒って「お前500じゃないだろう」「違う点滴やっているだろ」と言ってきます。私は、違う点滴と言われ、血管確保の後に抗生剤をやっていましたので、「抗生剤ですか」と聞きました。「そうだ」と言うのです。
清水刑事は、抗生剤の指示が出ているのだから、抗生剤だと言うのです。この抗生剤には、テストがいらないのですが、「テストしている」と強く言ってきます。私は、テストしないと言うのですが、清水刑事は「抗生剤は必ずテストが必要で、お前じゃなければ他の人がテストしてるんだ」と言われると、私も忘れてしまったのかなと思うようになってしまった。相当言われているので、自信がなくなってしまった。
 次に聞かれたのが抗生剤のテストの時間です。
 私は、通常テストして反応を見る時間を伝えました。「10分から15分で判定し、抗生剤に変えます」と「その間は500mlを落としています」と言いました。抗生剤のテスト時間などで納得したようで、先に500mlが落とすことで怒られませんでした。
ただ私は500mlを落としてすぐに抗生剤へ交換したことを覚えていたので、「 500mlを落としてすぐに抗生剤に交換しました」と言うと、今度は納得せずに「お前、テストやってんだ、テスト時間があるだろ」「すぐなんで交換しない」と言われました。
テストはいらないにと思いながら、自身もなくなっていたので、「じゃ5分か10分後に交換します」と言いました。
 
清水刑事は、点滴の落ちるスピードを聞いてきます。
 私は、通常一般論で1時間に100mlのスピードで落としますと伝えました。 1時間に100mlのスピードについて納得せず、「お前5分・10分じゃ1時間で100mlじゃ入んねえだろ」という話になり、私は考えて怒られないように、「血管確保している特に点滴チューブの滴数を調整するクレンメという部分を全開にしていたかもしれません」と言うと、清水刑事は「その間、全開で入っているから大丈夫だ」と言います。
 点滴のボトルにマスキュラックスを調合した場所を今度は聞いてきます。私は、A子ちゃんは外来から入院になったので外来で調合した(マスキュラックスは入れてない)ことを覚えていたので、「外来で準備しました」と言いました。そうすると清水刑事は、「お前外来でやってたら、診察しているし看護婦もいるんだから、そんな所でやれない」と言います。また私は考え確認するように「じゃ、ナースステーションですかね?」と聞きました。「ナースステーションには、誰もいないか」など聞かれ、「助手の出入りはあるけれど」と言いました。事実に基づくものではありません。事実は外来であってナースステーションでないのですが、怒られるのが嫌でしたので、怒られないように考えてゆくのです。清水刑事は、ナースステーションで納得しました。
 
マスキュラックスはどのようにして入手したのか聞いてきました。
 私はA子ちゃんにはマスキュラックスを使用していませんが、薬局にしかないので、そこからだと言いました。「誰かに見られなかったか」と言われましたが、「薬局にしかないし、誰でも薬局に行けば取れますからね」と伝えると、それ以上の話にはなりませんでした。納得下かと思いました。次から次と聞いてくる。
 「マスキュラックスをどうやって入れた」と言うのです。
 どうやってと、言われてもやっていないことなので、通常の準備を言いました。「マスキュラックス1アンプルを溶解液に1アンプルで溶解して入れました」と、しかし、清水刑事は「溶解液は使わない」と、私はこれまで手術で準備していたので、溶解液が必要であることを伝えました。それでも清水刑事は、「その時、点滴やっているんだから、他の薬品もあるんだから、それと一緒にやっているんだ」と言うのです。私は、マスキュラックスは溶解液を使わなければいけないんだと説明したのです。そうすると「他の薬品で溶解が必要なものはどうするんだ」と聞いてくるので、私は点滴の液で溶解すると説明すると「その時もそうやったんじゃないか!」と言ってくるので、「それなら、点滴の液で溶解して入れました」と言いました。やってないことを怒られないように説明しました。
 清水刑事が納得しないことを言うと、怒鳴ってくる、それが私にはもう嫌いで嫌いで仕方がなかった。だから怒られないように考えてゆきました。マスキュラックスの調合する注射器についても、通常手術で使用する準備の仕方を言いました。点滴にマスキュラックスとS刑事は、納得していました。
 
清水刑事は、動機とか理由を聞いてきます。
 私はやってないので答えられませんでした。「なんかあるだろう、不満とか人間はあるんだからそういうのはないのか」と言われました。「不満はありますけど」と伝えました。クリニックへの不満はいいました。勤務条件のそういった皆が持っている不満です。半田郁子医師への不満も皆と同じようなことをいいました。半田郁子医師のことで、清水刑事は「郁子先生とお前は、出来ていた、男女の仲なんだ、先生に相手にされないと、お前はかっとなるんだよ」と言われました。私は、「郁子先生とは恋愛とかありません」と言いました。
 「そうじゃないなら、不満あったろ」と言われ、皆が不満のしていることを伝えました。私だけでなく、クリニックの人と同じなんですよと説明しました。具体的なこととして、診察の時間が遅い、入院するしないがはっきりしないと、言いました。皆も言っていますと。「他の人はいいんだ」と清水刑事は言ってきました。
 最終的にS刑事からは、「お前、この時だって入院するしないというのでもめ、いらいらしてたんだ」と言われました。私は、何を言っても納得してもらないと怒られるので、これに対しても私は、「そうなんですかね」と確認するように言いました。相手に確認するように聞いても、怒られるということはないのです。
不満というのが、事件を起こす理由になるとは思っていませんでした。
これが昼食の食事をさせられる前に言ったことです。「間違って」と言ってからは、もうS刑事に怒られないようにするだけでした。やってもいない事実を考えて、確認して話していったものです。やってないと言える状況でなかった。
 私は、やってないことを言っているのだから、調べてくれれば分かると強く思っていました。
怒鳴られるというのが、とても耐えられなかった。やってないことを、一つ言ってしまうと、次から次へやってないことなので分からないことだらけになるのです。
 清水刑事がヒントをくれる様に言ってくる。
 それについて考えて、怒られない様に、納得してもらえる様に考えて言いました。私は、「自白」というものをしましたが、進んで言ったのではありません。筋弛緩剤事件なんだと結び付けることが出来ませんでした。
重大なことだと本来ならなりますが、この時はA子ちゃんが事件であると認識してませんでした。本当に調べてくれると思ったんです。以上が「自白」したという内容の流れです。

 

 

 

県警本部の地下の取調室で怒鳴られ、怒鳴られて誘導されて自白されて行く状況だけでなく、郁子医師と出来ていたなどと、ありもしない下劣なことまで言って誘導してゆく警察の取り調べが明白になってきたと思います。

 

続く。

 

 

2013年4月22日 (月)

検察の理念とは。

「rinenn.pdf」をダウンロード 

 

「検察の理念」とは、破るためにあるのだろうか。検察庁のホームページを見たら理念がありましたが、読んでみると理想と現実の格差があまりにも大きすぎることを感じました。

 

理念が本当に生かされるなら冤罪など起こることは無いと思います。

2013年4月19日 (金)

裁判官は再審開始を、「禁じ手を使った検察」に躊躇する理由は無くなりました。

「201301_kennkai.pdf」をダウンロード

 

裁判官は、何も躊躇する理由が無くなりました。早急に再審開始を行うべきです。

 

ただし、裁判官は、化学、医学について充分学んで、確定判決の様な過ちを二度としないでください。

2013年4月17日 (水)

執刀医の半田教授はマスキュラックスを11月30日まで知らなかった。

あきれ返ってコメントを書く気にならない証言だと思います。皆様が読んで判断してください。

 

(証人尋問調書より)
問  お宅の病院で、つまり、N医師から見て,お宅の病院で,北陸クリニックで、筋弛緩剤を備えておりますかというお話は出ましたか。出ませんでしたか。
半田証人   それは出てますね。

問 出てますか。
半田証人   はい。

問  その際に,どういった種類の,つまり,単に筋弛緩剤っていうだけじゃなくてね、どういった種類、たぐいの薬剤名、あるいは商品名等についての言及が、お互いの会話の中でありましたでしょうか。
半田証人  それは無かったような気がしますけど。まあ何の手術か、手術でこういうの使うよっていうお話をしたっていう覚えありますし,そのとき僕はサクシンを使ってるっていうような話はちらっとしたかも知れませんが、それ以上のことは無かったような感じがします。

問 ちょっと、最後が聞き取れなくて申し訳なかったんですが,N医師のほうから,お宅の病院で筋弛緩剤備わっておりますかっていう質問に対して,あなたは、備わっておりますと,で,手術で使っておりますと。
半田証人  はい。

問  サクシンというのを使っておりますというふうに言った記憶もあるというこすか。
半田証人  うん。ある、だと思うんですね。はい。確実だということは,ここで言いません。とにかくそういうことを言った可能性はあるというふうに申し上げます。

問 そのときの、N医師に対してあなたがお答えになったときの、北陵クリニックに備わっている筋弛緩剤というものについて、念頭に浮かんだ薬品名薬剤名というのは,まあサクシンは念頭に浮かびましたよね。少なくても。
半田証人   はい。

問 それ以外に。
半田証人  いや。そんときは、特別なことは浮かびませんでした。筋弛緩剤って一般的なことではあったですが、何があるかということについては知りませんでしたから,まあサクシンがあったっていうことだけは知っておりました。

問 その何々があるっていうことは知りませんでしたという、今の御証言は、分解すると、二通り分析できると思うんですけどね、病院に置いてあるっていうのを知らなかったということと、まあ病院ていうのは医院、北陵クリニックですが、と、それから,そもそもそういうサクシン以外の筋弛緩剤って言って良いんでしょうかね、いうものが、どういうものがあるか知らなかったという、二通りに取れるんですが、いずれなんですか。
半田証人  ‥・筋弛緩剤に幾つかの種類があるっていうことは知っておりました。ただし、商品名では、知ってる、商品名で知ってるものはないものもありました。で,北陵クリニックにどういった他の筋弛緩剤、つまり、サクシン以外の筋弛緩剤があるかについてはそれ自体も認識してませんでしたし、今マスキュラックスということで言いますと、まあマスキュラックス自身の商品名は知りませんでした。ただし、ミオブロックというような薬があるっていうことは一応知ってましたが、北陵クリニックにあるかどうかについても、私は知りませんでした。

問 今サクシンと、マスキュラックスと,ミオブロックという、三つの薬剤名を挙げていただきましたが,サクシンについては、そういう商品名の筋弛緩剤とはもちろん知っており,かつ、北陵クリニックに備わっているとことも知っていると。
半田証人  はい。

問 それから.ミオブロックという商品名の筋弛緩剤があるということも知っていると。
半田証人  はい。
問 しかし、北陵クリニックにそういう商品名の筋弛緩剤が備わっているかどうかについては分からないと。
半田証人  はい。

問 マスキュラックスという筋弛緩剤については、そういうものがあるということも知らなかったと聞いて良いんですか。
半田証人  結構です。

問 N先生とお話合いをなさっているその時点においてというふうに聞いて良いんですね。
半田証人  マスキュラックスって話が出たような気がしませんし、あとで、確か在庫確認のときにそれを知ったんだと、私は思ってます。

問 いや。N先生との間で,マスキュラックスという話が出たとか出ないとかってことではなくて、そもそも、マスキュラックスっていう名称の筋弛緩剤っていうのが,そういう種類の筋弛緩剤があるんだということについて、11月30日の段階では、ご存じなかったと。
半田証人   知りませんでした。

問 そういうふうに聞いて良いんですね。
半田証人   知りませんでした。

問 そうしますと,FESの手術において,特に全身麻酔等の手術において.筋弛続剤をお使いになりますよね。それは,サクシンを使っていたと聞いて良いんですね。
半田証人   私がその全身麻酔をやるわけじゃなくて,必ず麻酔医が責任もってやることですから、必ずサクシンということは言えません。私には分かりません。

問 その御認識というのは,平成3年だったでしょうか、1993年だったでしょうか,北陸クリニックが開設された時点から,FES手術は行われていたと思うんですが、その間の一貫した御認識というふうに聞いて良いんですか。
半田証人   いいえ、最初、当初は,局所麻酔だけで電極の埋め込みやっておりましたから,全身麻酔を使っておりませんので、そういったことについては配慮しませんでした。つまり,筋弛緩剤を使う必要が無かったんです。

問 筋弛緩剤はいつごろからお使いになったんですか。
半田証人   ・‥ちょっと覚えてませんが、二、三年、平成3年から考えると、平成5年以降かも知れません。

問 サクシンを使おうという発想というのは、発想というかね。そういう意図、意思というのは、あなた御自身、それとも麻酔科の医師。
半田証人   全身麻酔というのは、とにかく挿管しなけりゃならない事態での全身麻酔は必ず挿管しますので,それは筋弛緩剤使うという認識で,麻酔医がやることです。

問 で,サクシンを使っているというのは.お分かりになってたですね。
半田証人    これ私のほうからちょっと注文したんです。薬品名は言わないで、とにかく手術の導入のときだけ筋弛緩剤を効かして,あとは切って欲しいと,つまり、我々が電極埋め込む手術のときには、筋弛緩剤が切れてる状態にして欲しいという条件を最初から付けておりました。ですから,私の認識では,もっとも効果が早く切れるのがサクシンというふうに思ってましたので,サクシンというふうに、サクシンが投与されてるのも私は何回か見てますので、そういう認識でおりました。

問 逆に言うと,麻酔科の医師の手を介して、マスキュラックスが筋弛緩剤として使われていた事実というのは、御認識になってないわけですね。
半田証人   私自身では,大概は麻酔掛かってからの、私の登板ですから、出番ですから,あんまり認識しておりませんでした。

問 使用した筋弛緩剤の薬剤名というものを記載する書類というのは,院内では備わっていたというか,使っておりましたか。用いておりましたか。
半田証人   麻酔記録という意味ですか。手術中の。

問 うん。麻酔記録。
半田証人   それはありますね。

問 それには、使用した筋弛緩剤の具体的な薬剤名というのは記載されるんですか。
半田証人  記載されると思います。

問 それから,手術記録の方はどうでしょうか。
半田証人  手術記録の方・‥は多分記載されてると思いますね。

問 記載されていると思う。
半田証人   はい。

問 その二つの記録は.FES手術の執刀をなさるあなたの立場からすると、当然目を通している書類であるということになりますかね。
半田証人  いいえ。そんなことありません。主治医がそれを,目を適してると思います。

問 あなたは麻酔記録及び手術記録に目を通すことはないんですか。
半田証人  全くとは言いませんが,通すこともありますが、基本的には手術に入って埋め込んで、埋め込み終わったら、あとの処置は全部その主治医と助手がやりますので、医者の助手がやりますので、そちらに任せて出ます。ですから、そういったことを、よっぽどのことがない限り見ません。例えば手術中に心臓の拍動数が減ったとか、そういうのはかなり注意払ってますから、そういうときにはチェックすることはあっても、まず手術中には手を汚くするわけにはいきませんから,目だけで本当、見してもらうということだけですので、そういうことよりももう集中して手術に没頭するということやっております。ですから、まず麻酔記録というのは,麻酔医が責任持ってやることで、そこは分業になってるわけです。分担されてますから,それぞれの責任においてそれをやるということです。

問 手術中に,どういう記録をしてるかとか、そういうことは良いんですが、その事後に手術の事後に,一般的に麻酔記録とか手術記録に目を通されることはないんですかという質問なんです。
半田証人   何か異常あったときには主治医から見せられます。しかしながら、自分からそれを見るということはしません。

問 それから,これは他の証人から出たお言葉だったと思うんですが,地域結集の関係で、 御報告なさる書類っていうのがあるっていうことですね。
半田証人   はい。

問 それに,使用した筋弛緩剤の薬剤名も記載されるというふうに聞いて良いですか。
半田証人   それは書いてあると思います。要するに単価出さなきゃならないと思いますんで,書いてあると思います。

問 そういう書類にあなたは目を通すことは,一貫して無かったんですか。
半田証人   いや。それは目を通してるとは思います。ただ.その細かい注射薬がどういうことでどういうふうになってるっていうとこまでは見てないで、大体、僕が担当して良く見るのは、手術のときにどういうふうな所にどれだけの電極埋め込んだかということが、一番のものとして私はチェックしておりました。

 

 

橋本教授は、呼吸停止を臨床実験でもしたのか。

(仙台地裁判決文109頁))
(4) M子に対するマスキュラックスの投与方法について
   ア 前記のとおり,容体が急変した当時,真穂には点滴が施行されており,点滴ボトルには,輸液セット,三方活栓,エクステンションチューブなどが順次接続され,サーフロー針により静脈ラインが確保されていたこと,平成12年2月2日午後4時40分ないし50分ころから,抗生剤バンスポリンを調合した生食の点滴投与が続いていたところ,同日午後5時22分ないし23分ころ,三方活栓から注射器内の透明な液体約2ないし3ミリリットルが真穂の体内に注入されたこと,その1ないし3分後に前記のとおりM子の症状に変化が生じたことが認められる。
    イ 以上の事実を前提として,橋本教授は,マスキュラックスの投与方法に
     関して以下のとおり証言する(甲261,276)。
      マスキュラックスを三方活栓から注射器を用いて注入した場合の効果は静脈注射により直接単回授与した場合とほぼ同じと考えてよく,滴投与の場合より効果の発現が非常に早くなり,授与された幼児は,通常,泣くなどして異常を訴えることができないまま呼吸停止に至る。
      M子の急変時の症状は,ある時点以降に急激に現れており,点滴ボトル内にマスキュラックスを混入して点滴投与する方法では,高濃度のものを投与してもこのような症状は現れないと考えられるので,マスキュラックスの投与は,単回投与に近い方法,すなわち,三方活栓から注射器により注入された方法によって行われたと考えてよい。
以上は,筋弛緩剤の専門家であり,その薬効等に専門知識を有する橋本教授が,本件において実施されていた点滴及び三方活栓からの注入行為や症状発現の時間経過を考慮した上で供述したものであり,前記の事実経過に符合し合理的な内容を述べるもので、これを信用することができる。

 

 

 

裁判官は、橋本教授の証言を盲目的に受け入れ、「点滴投与の場合より効果の発現が非常に早くなり、授与された幼児は、通常、泣くなどして異常を訴えることができないまま呼吸停止に至る。」ことを合理的な内容だとして、医学的検討も加えずに信用することが出来るとして判決を行ったのでした。

 

 

2013年4月 5日 (金)

検察官は法廷で、全量消費に荷担した。

・・・・・・・・・・・・
問  再度入手することが容易な試料であれば,ある人の血液とかですね,またもらいに行けばいい,というようなことであれば,それは全量消費してもまた手に入るかと思う.んですけども,そういった入手が可能な,容易な試料と,現場で1回限り採取された現場試料とで,試料の一部を残すべきか,それともそういうことを考えずに全部使っていいかという判断に違いはありますか。
土橋証人 あまりないんですけれど。再度入手できても,そのときに採った血液というのは,もうその血液だけですから。2回目のときは状態も変わってますし,それは同じ試料とは言えないと思います。


問  化学的にはね。そうすると,昨日から何度かお聞きしているんですが,証人は再鑑定の可能性への配慮は特にはなさらなかった,ということでいいんですね。
土橋証人  そうです。
問  犯罪捜査規範の186条というのを御存じですか。
土橋証人   聞いたことあります。


問  そこには,なるべくその全部を用いることなく,一部をもって行ない,残部は保存しておくなど,再鑑識のための考慮を払わなければならない,というふうにうたってあるわけなんですが,このルールとその証人の鑑定におけるスタンスとは。
検察官
   裁判長,犯罪捜査機関の効力が証人に及ぶのかどうか,その点についてまず論証しなければ,今の質問は不適当と考えます。少なくとも犯罪捜査機関の主体は警察官となっております。
裁判長
  御意見があれば。  ・・・・・・・・

 

 

 

 この様に、検察官は、「犯罪捜査規範」を知っていて、発言したとすれば、証拠の全量消に荷担した発言を行っていたのです。検察官として知らなかったとすれば、まさに税金泥棒と言われる様な公務員です。
  また、土橋鑑定人は、大阪府警科捜研の技術吏員として採用されているのですから、犯罪捜査規範を教育受けていたことは間違いないのです。従って、「聞いたことがあります」とは鑑定人の資格が全く無い、ただの分析職人ということが明らかだと考えられます。

 

  参考
犯罪捜査規範
(昭和三十二年七月十一日国家公安委員会規則第二号)

 

(捜査員)
第二十一条  警察官は、上司の命を受け、犯罪の捜査に従事する。
2  警察官以外の捜査関係職員が、警察官を助けて職務を行う場合には、この規則の規定に従わなければならない。

 

(再鑑識のための考慮)
第百八十六条  血液、精液、だ液、臓器、毛髪、薬品、爆発物等の鑑識に当たつては、なるべくその全部を用いることなく一部をもつて行い、残部は保存しておく等再鑑識のための考慮を払わなければならない。

2013年4月 4日 (木)

検察官は推理作家か。警察の言い分を鵜呑みにし、推理、推理で推論したのです。

(検察の論告要旨172・173頁)

 

・・・・・・そこで,宮城県警では,S子事件について,同月23日に翌日投与すべき生理食塩液ボトル2本が黒色カラーボックスの中のS子の名前を記載した紙片が貼付された空き箱に取りそろえられた後,同月24日朝そのうちの1本に抗生剤が調合されるよりも前の段階で,その取りそろえられた生理食塩液ボトルがあらかじめマスキュラックス溶液を混入した別の生理食塩液ボトル(以下,「マスキュラックス混入済み生理食塩液ボトル」ともいう。)にすり替えられたと推理するとともに,犯人が同日午前中にS子に対して確実にマスキュラックスを投与しようと考えていたならば,その取りそろえられた生理食塩液ボトル2本ともがマスキュラックス混入済みの生理食塩液ボトルにすり替えられた可能性が高く,その場合,そのマスキュラックス混入済み生理食塩液ボトル2本は,同一製造番号の蓋然性が高いと推理した

 

 そこで,S子に対する犯行に使用されずに残ったマスキュラックス混入済み生理食塩液がその後他の患者に投与された可能性も高いと考え,S子の死亡後,同じ日に外来患者として北陵クリニックで診療を受けたOさんが,ミノマイシンを調合した生理食塩液の点滴投与を受けている間に,容体を急変させておりその症状がマスキュラックスの効果による症状と符合していたことから,S子に対する犯行に使用されずに残ったマスキュラックス混入済み生理食塩液ボトルがOさんの点滴に用いられたと推論した。・・・・・・・・

 

 このとおり、宮城県警が「推理」「推理」「推論した。」という前に「同一製造番号の蓋然性が高いと推理した。そこで,・・・」と進行させているが、推論に至るまで同一製造番号の蓋然性が高いと推理したなら、その結果について、明らかにすべきであるのに何ら触れないのであります。つまり廃棄物の中から探し出した点滴ボトルを、犯行の使われたとねつ造する為には、ロット番号(製造番号)を明らかにすることは出来なかったのです。

 

 

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