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2012年8月23日 (木)

守大助さんが、どの様にして自白させられたか(1)

最近無実が確定した、足利事件の菅谷さん、布川事件の杉山さん、桜井さん等えん罪事件の犯人にされた方々は、ほとんど自白をしています。

自白をしたのではなく、警察、検察により自白を言葉の暴力、非人間的扱いにより自白させられたということが、正しいと思います。

大助さんが自白させられた経過については、検察の論告要旨、裁判所の判決文では、真実とは違うので、明らかにする必要があると思い掲載してゆきます。

大助さんのお父さんは、当時、宮城県警の現職の警察官でした。

「事件」が起こった時に退職願いを胸に県警本部に行きましたが、納得出来る説明はなく、息子の無実を確信して、職責を外されることもなく、何ら恥じることなく、正々堂々と定年まで警察官として勤めました。

大助さんの最高裁に対する「上告趣意書」より

警察官をどう思っていたか。

 私は、昭和46年4月28日、宮城県白石市で宮城県警察官である父、母の長男として生まれました。物心がついた頃には、警察官の息子であると自覚しておりました。

 どのような仕事であるかは、中学生の頃に分かっていたと思います。

 父が警察官であるので、親近感でもいうか安心するのです。何かあったら助けてくれる・守ってくれる この思いが強かったです。

 デタラメナ事をやっているとは思いませんでした。仕事のことを家族で話すこともなかったです。

 私が よく父に言われたことは、当然のことですが、悪いことはするな。悪いことをしようとしている人へは注意してやめさせなさいとIうことです。悪いことをしたらいけないんだというのは、ずーっと言われてきたことです。

 私がもし悪いことをすれば、父が仕事ができなくなるというのも当然にわかることです。父に迷惑をかけるようなことは、してはいけない そう思い生活してきました。

続く

守大助さんの自筆の上告趣意書をデータ化して掲載しますもので、時間がかかるかと思います。

なお、自白について概略を説明したHPが有りましたので、紹介します。

http://www17.ocn.ne.jp/~kyuuenka/sub02.htm 

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