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2009年7月の記事

2009年7月29日 (水)

裁判を監視しなければ、えん罪は無限に生み出される。

昨日、またもや「えん罪」と思われる事件を知りました。

事件は、パートで働いていた人が勤務先のお金を盗んだという事件でした。

検察が裁判所に提出した事件現場を撮していた監視カメラのビデオをもって、裁判官は有罪の判決を行ったのですが、私には、盗んだという状況はどこにも見ることが出来ませんでした。(一秒間に一コマの映像です。)しかも盗んだという現金を置いたという映像が無いのです。

私の目と裁判官の目は、同じビデオを見ても違って見えるのでしょうか。

私は近眼でしたし、最近は老眼になって遠近両用の眼鏡をかけていますが、車の運転や、新聞を読むのには何も支障なく生活を送っております。そんな私の目と裁判官の目で見た時に違った状況を見るとは思いません。私は明らかに裁判官が偏見で有罪にしたとしか思えません。

小さなえん罪事件は、過去にも無数に有ったのではないかと思いました。ほとんどは、被告人が泣き寝入りで服役していたのではないかと思うと、裁判所は秘密のベールに包まれていて、気ままに罪人を作ってきたのではないかと思いました。

裁判員制度が現実になりましたが、裁判員になる前に現在の裁判を傍聴して、裁判所の現実を直視することが絶対に必要だと痛感しております。いかに裁判が私たち市民からかけ離れたことを行っているか、直接目で見ることを是非行っていただきたいと思い掲載します。

2009年7月24日 (金)

裁判所が崩壊し始めているのでは。

昨日、ある事件の傍聴に仙台高裁に行ってきました。被告人は一貫して無実を主張しておりましたが、一審で有罪にされ控訴審で仙台高裁に来た事件でした。

第二回目の公判でしたので、これから検察、弁護側のそれぞれの主張が聞けると思い公判を見守ったのでしたが、実質的な審理は何もなく、次回結審ということでした。

三審制と言われておりますが、高裁とは名ばかりで、何もしないで一審の判決を踏襲するだけの所ではないかと思うと同時に、裁判官は検察官の同僚ではないかと思ってしまいました。

振り返れば、北陵クリニック事件で、仙台高裁はたった四回の公判で結審したことと全く同じだと思いました。

真実を探求することを放棄してしまった裁判所を見た思いだけが残った傍聴でした。

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