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2006年8月の記事

2006年8月31日 (木)

執刀医の半田教授は、気管内挿管が出来ませんでした。

論告要旨P96
 ・・・・・その後、Kくんは、同日午後1時10分ころ、電極埋込手術を受けるため、手術室に入室し、同日午後1時15分ころから同日午後4時5分ころまでの間、執刀医半田教授、助手S医師及びO医師、麻酔S医師、直接介助被告人、間接介助S主任及びS看護婦という手術スタッフによって、Kくんに対する電極埋込手術が行われた。

 

論告要旨P100
・・・・・半田教授が、同日午後10時5分ないし10分ころ同病室に到着し、2度にわたってKくんに気管内挿管を試みたが、いずれも気道を確保することができなかった。

 

 手術した患者が急変することはあり得ることであり、呼吸困難な場合に気管内挿管は、必要な救命措置であることであるが、それができなかったということは、執刀医としてあり得ないことではないでしょうか。

機能的電気刺激(FES)の、人体を使った研究開発が目的でありました。

判決文P23
・・・・北陵クリニックは、患者の手足の麻痺等の運動機能障害を改善するための機能的電気刺激による治療法であるFESを研究していた東北大学医学部半田教授が中心となって、同治療法の研究開発を行うための母体となる医療機関として、宮城県知事の認可を受け設立された医療法人社団陵泉会が、平成3年10月に開設した医療機関であり、平成10年には同所でのFES治療に関する研究が科学技術庁が主催する地域結集型共同研究事業に認定され、FES治療を提供するほか、小児科、内科等を診療科目として医療を提供していたが、平成13年3月休止状態となり閉鎖された。・・・・・

 

 

 

 この様に、治療法が確立されたのではなく、人体を使って治療法の研究開発をおこなう医療機関であったのです。

 

 つまり、平成3年10月開業した北陵クリニックの事実上のオーナーは、FES治療で名をはせた半田東北大医学部教授でした。
 
北陵クリニックはFES研究における東北大学のサテライト研究室として位置づけられ、東北大学工学部・医学部の最先端技術をつかった治療・研究を行うため設立されました。
 北陵クリニックは、当時科学技術庁が進めていた「地域結集型研究事業」の認定を受け、国、県や関係機関も含めて巨額の資金が投入された巨大研究プロジェクト「宮城県地域結集型研究事業」としてすすめられました。
 この研究事業が成果を上げれば新産業が創設されるとして、ベット数19の小さな北陵クリニックに、地元電力会社、宮城県と仙台市の医師会、地元銀行、地元新聞社などの地元の名だたる名士が病院の経営母体である医療法人の理事に名を連ねておりました。
 ところが、この期待されたFES治療は、筋肉に電極を埋め込むため、患者の衛生管理が困難で、抜去を希望する患者が出たり、もともと保険適用もなく、一人200万円もの高額な医療費が掛かるため患者数も減少し、病院は累積赤字が13億円にもなっていました。

 

 その後、経営改善のために他の病院や高齢者施設から高齢者を受け入れるようになりました。
 平成11年には、仙台市から差押えを受けるほど経営が悪化しており、平成13年3月この事件が発生したため休止届けを出した後、再開に向けて努力をしてきましたが、平成14年4月1日付けをもって廃止届けを提出しました。

 

廃止理由は、
 現在、裁判所による競売手続きが進行しており、再開の見込みも立たないため平成14年3月31日をもって本診療所を廃止する。

 

 

 

 

2006年8月30日 (水)

12月1日深夜無かったマスキュラックスが3日深夜発見されたのは何故なのか

論告要旨P8
・・・一方,郁子医師は、・・・・・同月1日夜、北陵クリニックの筋弛緩剤の在庫調査を行った。
・・・翌2日未明にかけて、薬品庫内及び手術室を無作為に探した結果、マスキュラックスについて、その溶解液20アンプルを手術室で発見したものの、
マスキュラックスそのものを発見できず、また、サクシンについては、手術室の保冷庫に40ミリグラムのもの2アンプル、20ミリグラムのもの3アンプルが保管されているのしか発見できなかったため、初めて正規の手術による使用量を上回る大量の筋弛緩剤が所在不明となっていることに気付いた。郁子医師は、筋弛緩剤の一応の在庫調査を終え、発見したサクシンをそのまま放置するのは危険と考えて自宅に持ち帰り、冷蔵庫に保管した。

 

論告要旨P10~11
・・・・半田教授は、被告人の退職に際し、他の看護職員に混乱を生じさせないよう、看護職員のS婦長及びS主任に事情を説明しようと考え、同日夜、帰宅した両名を北陵クリニックに呼び出し、両名に対し、北陵クリニックで発生している患者の容体急変原因は筋弛緩剤を投与された疑いがあり、患者に同剤を投与しているのが被告人である疑いがある旨説明し、被告人を退職させるつもりであると告げた。しかし両名は、H教授の説明をすぐには信じられなかったので、筋弛緩剤の在庫数を確認することにした。
 そこで、S婦長及びS主任が、薬品庫に行くと、
既に郁子医師が同所で薬品の在庫数の確認等をしており、両名も加わり、保管中の筋弛緩剤を探した結果薬品庫内の棚に置かれた手術ボックス内にマスキュラックス9アンプル及びマスキュラックス溶解液11アンプルを発見した。その後、S主任及びS婦長は、手術室で、マスキュラックス溶解液20アンプルを発見し、S主任が、その溶解液を持って薬品庫に戻った。・・・

 

12月1日深夜に無かったマスキュラックスが、3日深夜に9アンプルが出てきたのは、何故なのか。答えは、次のような行動から推測されるのではないか。

 

論告要旨P12
・・・・半田教授の発案で、マスキュラックスの在庫数量を確認したことを記録するため、メモの写しに4名が署名したうえ、押印ないし指印した

 

 深夜に、署名押印ないし指印までして確認する必要があったことは、1日に無かったものが3日に有ったことを、後日証明するためのアリバイを作るために行ったと推認されるのではないうでしょうか。

 

 そして、翌日12月4日に守大助さんは、突然半田教授から解雇を言い渡されたのです。直前まで、当直勤務をさっせ、点滴をさせていたことは、全く守大助さんを疑っていなかったことの証明ではないでしょうか。

 

 

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